山崎 徹
1 自衛隊の自衛官募集活動
2015年に安保法制が成立してから10年が経過しようとしています。
限定的とはいえ、米国との集団的自衛権の行使が容認されたことから、台湾有事を念頭において、沖縄の南西諸島、九州へのミサイル配備、自衛隊と米軍との一体化、共同演習の強化が進められています。
そのことも反映して、また自衛隊内のパワハラ・セクハラ問題なども相まって、自衛官の応募者数は減少し、自衛官の中途退職者が増えています。自衛隊の隊員数は定員数から10%程度不足する状態となっており、この間、自衛隊が自衛官の募集活動に積極的になっています。
自衛隊から高校生宛てに自衛官募集の手紙(ダイレクトメール)を送るため、地方自治体に適齢者の名簿(氏名、住所、生年月日、性別)の提供を求めていることもその一環です。
2 二つの法制度
自治体の自衛隊への名簿提供に関しては、二つの法制度が関係しています。
(1)「名簿提供」(自衛隊法による資料提出の要求)
ひとつは、自衛隊法97条1項、同法施行令120条を根拠とする「資料提出の要求」です。自衛隊は、同条の「資料提出の要求」として、「紙媒体」ないし「電子データ」での名簿提供を自治体に求めています。
条文は、以下のようになっています。
(条文)
自衛隊法97条1項
「都道府県知事及び市町村長は、政令で定めるところにより、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部を行う。」
自衛隊法施行令120条
「防衛大臣は、自衛官又は自衛官候補生の募集に関し必要があると認めるときは、都道府県知事又は市町村町に対し、必要な報告又は資料の提出を求めることができる。」
しかし、ここでいう「資料」には、住民のプライバシーに関する情報は含まれないと解すべきです。施行令120条は、同114条から119条を受けた規定です。それらは地方公共団体の募集義務として、募集期間の告示、応募資格の調査及び受験票の交付、応募資格の調査の委託、試験日及び試験場の告示など、広報宣伝などを定めている規定なのです。
従って、120条は、地方公共団体の募集事務に関して、報告や資料の提出を求めることができることを定めた規定です。条文の構造からみても、同条の「資料」に住民のプライバシー権に関する情報が含まれるということはできません。
そうすると、自衛隊から自治体への名簿提供の求めには、法的な根拠がなく、地方自治体がこれに応じて名簿を提供することは住民のプライバシーを侵害する違法な行為となります。
(2)「台帳閲覧」(住民基本台帳の閲覧制度)
もうひとつは、住民基本台帳法の閲覧制度を利用して、自衛隊が地方自治体に住民基本台帳の「閲覧」を求める場合です。この場合は、自衛隊の職員が各市町村を訪問し、住民基本台帳を「閲覧」して、適齢者の情報を手書きで書き写していくことになります。
条文は、以下のようになっています。
(条文)
住民基本台帳法11条1項
「国又は地方公共団体の機関は、法令で定める事務の遂行のために必要である場合には、市町村町に対し、当該市町村が備える住民基本台帳のうち第7条第1号から第3号までおよび第7号に掲げる事項(氏名・住所・生年月日・性別)に係る部分の写し(住民基本台帳の一部の写し)を当該国又は地方公共団体の機関の職員で当該国又は地方公共団体の機関が指定するものに閲覧させることを請求することができる。」
しかし、ここでは、同条の「法令で定める事務の遂行のために必要である場合」という
要件に関して、自衛隊の募集業務に本当に住民基本台帳の閲覧が必要なのかどうかが問われます。他の公務員募集などの募集活動において、自衛隊以外の行政機関は、住民基本台帳から個人情報を取得することはありません。募集活動のために住民基本台帳を閲覧している行政機関は自衛隊だけなのです。そのことは総務省も認めています。
自衛隊募集は、ネット広告、自治体の広報への掲載、募集ポスターの掲示など様々に行われています。自衛隊が適齢者にダイレクトメールを送ることは、自衛隊の募集方法の一部に過ぎません。そのことに、住民のプライバシー侵害を甘受させるほどの必要性があるとは言えないのではないでしょうか。
そう考えると、自衛隊が自治体に住民基本台帳の「閲覧」を求めることにも、法的根拠はなく、地方自治体が「閲覧」に応じることも、住民のプライバシーを侵害する違法な行為ということになります。
3 奈良地裁の国賠訴訟
埼玉県では、63自治体のうち、上記2(1)の名簿の提供をしている自治体は、2自治体にとどまっています。61自治体は、住民のプライバシーを考慮し、名簿の提供ではなく、上記2(2)の住民基本台帳の「閲覧」の限りで応じるとしています。
他方、全国的には、65%の自治体が上記2(1)の名簿の提供に応じているとの報道があります。
昨年、奈良地裁では、高校生(当時)が原告となり、地方自治体による名簿提供の違憲性を問う国賠訴訟が起こされました。奈良や京都の団員が訴訟代理人を務めており、注目しています。