自由法曹団 埼玉支部

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被団協のノーベル平和賞受賞を活かそう!!

被団協のノーベル平和賞受賞を活かそう!!

大久保賢一

日本原水爆被害者団体協議会 (日本被団協)がノーベル平和賞を受賞した。日本被団協の活動を身近で見てきたし、それなりに伴走してきた私としても本当にうれしい。地獄の体験をした被爆者が「人類と核は共存できない」、「被爆者は私たちを最後に」と世界に訴え、核兵器が三度使用されることを防いできたことを思えば、この受賞はむしろ遅かったくらいだとも思う。

ノーベル委員会が、核兵器の使用がかつてなく高まっているこの時に、日本被団協に平和賞を授与したのは、タイムリーな選択といえるであろう。

核兵器も戦争もなくなっていない

世界では武力の行使が続いているし、1万2千発からの核兵器が存在している。ピーク時である1986年の7万発と比較すれば大幅に減少しているとはいえ、そのうちの数千発はいつでも発射される態勢(警戒即発射態勢)にある。

しかも、その能力は「近代化」されている。プーチン大統領は核兵器使用を公言し、イスラエルも核の影をチラつかせている。中国も核戦力を強化し、北朝鮮は核兵器の先制使用を憲法に書き込んでいる。だから、私はこの受賞を最大限活用したいと決意している。それが、被団協のたたかいを継承することに繋がると思うからである。

授賞の理由

ノーベル委員会は平和賞授与の理由として、被団協が1945年8月の原爆投下を受けて「核兵器使用がもたらす壊滅的な人道的結末に対する認識を高める」運動をしてきたことをあげている。そのたゆまぬ努力が「核のタブー」を形成してきたというのである。

ノーベル委員会が、その時にまで遡って評価していることはまさに慧眼であろう。そして、ノーベル委員会は「核のタブー」が圧力を受けていること、すなわち核兵器使用の危険性が高まっていることを危惧して、被団協に授与していることにも注目しなければならない。

私は、そのノーベル委員会の「核のタブー」が破られようとしているとの危機感に共感している。

「核のタブー」を破るのは誰だ

その「核のタブー」を破ろうとしているのは、核兵器保有国であり核兵器依存国である。石破茂首相は「核共有論者」だし、バイデン氏はイスラエルの暴虐は止めないし、ウクライナに停戦を呼び掛けていなかった。米国大統領に再び就任したトランプ氏は、かつて「核兵器をなぜ使ってはならないのか」と何度も聞き返した人である。今、核兵器の削減なども口にしているが、私は信じてはいない。

核兵器依存論者は、核兵器を廃絶するのは核兵器がなくても自国の安全が確保されてからだとしている。

自分たちで対立と分断を煽りながら、安全保障のために核兵器が必要だというのである。おまけに、他国にはその安全保障の道具を持たせないというのだから本当に質が悪い。彼らの欺瞞には本当に腹が立つし、そのことを指摘しないマスコミや「無留保の賛辞」を送る連中を見ると怒りが湧いてくる。

核兵器使用はタブー

核兵器使用は「タブー」である。

核不拡散条約(NPT)は「核戦争は全人類に惨害をもたらす。」しているし、核兵器禁止条約は「核兵器のいかなる使用も、壊滅的人道上の結末をたらす。」としている。

核大国の首脳も「核戦争に勝者はない。核戦争は戦ってはならない。」としている。

核兵器使用がタブーであることは、1955年に「原爆裁判」を提起した故岡本尚一弁護士が「原爆使用が禁止されるべきであることは天地の公理」としていた時代から指摘されていたことなのである。

核兵器使用禁止から廃絶へ

にもかかわらず、核兵器はなくならないどころか、核戦争の危機が迫っている。

その原因は、核兵器は自国の安全保障のために必要だと主張する「核抑止論者」が政治的影響力を持ち続けているからであり、大衆が彼らにその力を提供しているからである。

核兵器は意図的に使用されるだけではなく、事故や誤算で発射される危険性がある。ミスをしない人間や故障しない機械はないからである。

現にそのような事態は発生している。このままでは、私たちは「被爆者候補」(田中熙巳被団協代表委員)であり「核持って絶滅危惧種仲間入り」という状況が続くことになる。

だから、私たちの課題は、核兵器不使用の継続ではなく、核兵器廃絶ということになる。

被団協のたたかい

被団協の結成は1956年である。その「結成宣言」は次のように言う。私たちは全世界に訴えます。人類は私たちの犠牲と苦難をまたふたたび繰り返してはなりません。私たちの受難と復活が新しい原子力時代に人類の生命と幸福を守るとりでとして役立ちますならば、私たちは心から「生きていてよかった」とよろこぶことができるでしょう。

1984年の「原爆被害者の基本要求」は次のように言う。私たち被爆者は、原爆被害の実相を語り、苦しみを訴えてきました。身をもって体験した”地獄”の苦しみを、二度とだれにも味わわせたくないからです。「ふたたび被爆者をつくるな」は、私たち被爆者のいのちをかけた訴えです。それはまた、日本国民と世界の人々のねがいでもあります。核兵器は絶対に許してはなりません。広島・長崎の犠牲がやむをえないものとされるなら、それは、核戦争を許すことにつながります。

2001年の「21世紀被爆者宣言」は次のように言う。日本国憲法は「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意」しています。戦争被害を受忍させる政策は憲法の平和の願いを踏みにじるものです。憲法が生きる日本、核兵器も戦争もない21世紀を―。私たちは、生あるうちにその「平和のとびら」を開きたい、と願っています。

被団協は、68年間、このような決意のもとに「核兵器も戦争もない世界」を求めてきた。しかも、刮目しておきたいことは、核兵器廃絶と憲法9条をしっかりとリンクさせていることである。「平和憲法」が公布された1946年11月3日、当時の日本政府は、「文明が戦争を抹殺しなければ、やがて戦争が文明を滅ぼしてしまうことを真剣に憂えているのである。ここ於いて本章(2章・九条)の有する重大な積極的意義を知るのである。」としていたが、被団協も被爆体験の中から「核兵器も戦争もない世界」を希求し続けてきたのである。

まとめ

私はこのたたかいに尽力してきた多くの被爆者の方を知っている。戦争が終わってから生まれた私よりも、もちろん、先輩である。多くの方が鬼籍に入っている。「核兵器も戦争もない世界」の実現は、その方たちの「いのちをかけた訴え」であり、また、私を含む「世界の人々の願い」なのである。ノーベル委員会は被団協のその長年にわたる営みを高く評価しているのである。

私たちは、核兵器に依存しながら核兵器廃絶をいう勢力に騙されてはならないし、世界のヒバクシャと団結して、核兵器廃絶のたたかいを強化しなければならない。既に、核兵器を全面的に禁止しその廃絶を予定する核兵器禁止条約は発効している。それに背を向ける日本政府を憲法に依拠しながら変えなければならない。「核兵器も戦争もない世界」を創るために。(2025年3月6日記)

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