自由法曹団 埼玉支部

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埼玉支部通信

労災申請事件の現状と課題~死亡事案を中心に

早稲田の杜法律事務所
弁護士 金子直樹

1 はじめに

平成26(2014)年11月に過労死等防止対策推進法が施行されてから、10年が経過しようとしているが、未だ過労死等はなくならず、長時間労働や職場でのハラスメント行為に起因するメンタルヘルス障害に関し、労災申請件数は高止まりの状態が継続している。私もこの間、過労死・過労自死事件を多数扱うこととなり、現状も複数の事件を担当している。これらの状況について、労災申請事件における現状と課題と題して報告させていただきたい。(末尾に、ごく簡単に安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求に関しても触れる。)本稿は、あくまでも当職の経験に基づくものであり、実際の全国的な傾向等を検討・調査の上での報告ではない点についてはご容赦願いたい。

2 相談・受任経緯

相談・受任の経緯は雑多であるが、インターネット経由(事務所ホームページ・弁護士ドットコム等)での相談依頼が相当件数を占めている。埼玉過労死弁護団や埼玉労働弁護団のホットライン経由での相談も一定数ある。相談者は、一番はじめに当職に相談したという方よりも、他の弁護士に相談したが難しいと言われたという方の方が多い印象である。なかなか労災手続等に自信がある弁護士に巡り会えないと述べる相談者の方もいた。(余談であるが、最近弁護士向けのセミナー広告で、知識ゼロからの労災事件をアピールしているのを目にしたが、その内容を見ると、労災事故等が想定されているようであり、過労死等事案やメンタルヘルス事案まで踏み込んだ内容ではなかった。)

当然のことながら、私も難しい案件については、「難しい」とアドバイスしているところではある。もっとも、通院歴無しでも精神障害の過労自死が労災認定された事件などについての経験を踏まえ、積極的に受任していく方向で相談を受けているからか、相談の相当数が受任に繋がっていると感じている。また、ありがたいことに埼玉の先生が相談を受けた事案につき、共同受任の形で一緒にやらせていただくこともある。

3 着手~証拠収集

事件を受任すると、まず証拠収集から対応することが基本である。死亡事案に関しては、遺族が十分な資料を有していることは極めて少ないことから、事業主側にいかに資料を出させるか、事業主側の資料をどう手に入れるかが課題となる。

事業主から貸与されたPC、携帯電話・スマートフォンなどがあれば直ちにデータ等を証拠化する、一定程度協力してもらえる同僚などがいれば、速やかに事情聴取を行うなど、事業主側からアクセスをブロックされる前に、相当な資料を確保しておく必要がある。

その上で、本人ないし代理人として、事業主側に対して資料開示を請求していくことになる。その結果として十分な資料を確保できない場合には、証拠保全手続による証拠収集を図っていくこととなる。

4 証拠保全手続の活用と課題

特に過労死等の死亡事案に関しては、ほぼ私は全ての事案で証拠保全手続を行っている。従前は死亡事案であれば、保全の必要性を強く問われることはなかったため、前項で述べた事業主側に対する資料開示請求をせずに、いきなり証拠保全の申立てをしたこともあった。

証拠保全手続は、土地管轄のみで事物管轄はないことから、検証先を管轄する地方裁判所のみならず、簡易裁判所にも管轄がある。被保全権利としては、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求と設定している。疎明資料としては、戸籍類、死亡診断書、事業における負荷を示す証拠、遺族の陳述書などである。

検証物件は、もちろん事案によって異なるが、労働時間管理に関する資料(タイムカード等に加えて、使用PCのログイン・ログアウト記録、ドライバー等であればタコグラフなど)、日報、貸与PC・モバイル端末、そのメール記録、健康診断・ストレスチェックに関する資料などはどの事案でも要求しているところである。

これら証拠保全手続において、昨今の裁判所では、検証物件及び保全の必要性を相当厳格に解しているようであり、従前のように事業主側に資料開示を求めずにいきなり証拠保全を申し立てても、保全の必要性が足りないと指摘され、改ざん等のおそれを過度に要求する傾向にあり、加えて検証物件の内容や範囲も相当絞るようになってしまっている。上述のとおり、遺族においては、いかなる資料が事業主側に存在するか自体が不明であることがほとんどであるため、このような謙抑的な姿勢はあるべき証拠保全手続とはいえないものと思料しているが、裁判所かかかる傾向にある以上は、それを踏まえて、検証物件の記載方法の工夫、時期や対象を絞り、資料内容もできる限り特定することなどの対応が必要であり、保全の必要性に関しての書き方も、従前の事業主側との交渉経過等を踏まえた内容が必要である。

検証期日では、その場で検証物件を開示要求し、証拠化することから、代理人の立会いは当然のこと、その場で資料のコピーや写真撮影、データの取り出し等が可能な業者の同席が必須である。上記のとおり、裁判所は謙抑的な姿勢であることから、その場でもきちんと事業主側に資料を出させるために必要性を口頭で述べたり、出された資料の内容を精査したりするなどの対応が必要となる。その上で、検証期日での事業主側の言動等が調書化されることから、検証物件と開示資料の異同、資料の存否に関する事業主側の返答等をきちんと記録するように裁判所に働きかけを行う。

その後、業者から写真やデータ等の資料を受領し、裁判所に提出して、検証調書として、上記検証期日における事業主側の返答等や上記資料が一体となった証拠資料ができあがることとなる。

証拠保全手続の結果が、最終的な労災認定や安全配慮義務違反の認定に依拠した経験は枚挙に暇がない。例えば、顧客からのクレームに関して、労働者が事業主側から過酷な叱責を受けて自死した事案では、証拠保全手続で開示された録音記録が労災認定の決め手となった。或いは、過労死事案で、開示された交通費精算記録から交通系ICカードの番号を入手し、それを利用して23条照会で出入改札記録を獲得したり、事業主側から事後の任意開示を約束させることを調書化したりしたこともあった。

このように、本件で話題としている死亡事案では、証拠保全手続はほぼ必須の手続となっている。

5 労災申請・公務災害申請手続

(1)労災申請の流れ~代理人関与の重要性

①労災申請手続の流れ

労災申請において、死亡事案では、遺族年金等支給請求書及び葬祭給付請求書を作成し、管轄する労働基準監督署へ提出していくこととなる。
この際、支給請求書には、「災害の原因及び発生状況」を含め、記載内容について「事業主の証明」を記載することとなる。これは、申請者側が事業主に対して、「事業主の証明」を求めていくこととなる。ただ、通常は安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求等をおそれて、事業主側の証明が得られるケースはほとんどないといえる。そこで、事業主の証明を求めて事業主に連絡したが、これを拒否された場合、あるいは無視された場合には、その旨を記載した「事業主の証明が得られないことの上申書」を付して労災申請をすれば受理される。

(なお、死亡労働者の情報や死亡年月日、請求人に関する情報以外の記載(労働保険番号、平均賃金)については、「事業主の証明」を求める際に、これらの情報開示も同時に求めるようにしている。これらは事業主の責任に直結するものではないので、ほとんどのケースで事業主側が認識している情報に関しては開示が得られることが多い。もっとも、全ての事項について記載する必要はなく、不明の場合には空欄でも申請としては受理される。)

申請書を作成、提出する際には、必ず代理人として、委任状を付け、対象疾病の発症の事実、労災認定基準に則してそれが業務上災害となる旨の主張等を記載した補充書面を提出するようにしている。その際、添付資料(証拠)も証拠説明書のような一覧表を添付し、整理した上で提出する。

このように当初から代理人が就いていることを示し、労災認定基準(公務災害申請認定基準)に則した主張・立証を行う重要性は極めて高いと考えている。私の経験では、それにより担当の監督官との密な連絡が可能になる、主張や証拠を整理しておくことで、監督官の信頼も得て、認定に繋がっていっているという印象である。
申請後の代理人活動としては、本人に対する事情聴取や聴取書作成の立会い、事業主側に開示を求める証拠に関する監督官への働きかけ、調査状況等の確認などである

なお、近時の例では、精神疾患による自死事案において、こちらから連絡しなくても、監督官から定期的に毎月の進捗状況にかかる報告を受けることができた。(かかる方針は、令和7年度「埼玉労働局行政運営方針」でも「労災保険給付の迅速・適正な処理」として「請求人に対する処理状況の連絡等の実施を徹底します」と示されている。)労災申請後、認定まで1~2年程度の期間を要することもあり、労基署への情報提供の働きかけや依頼者への報告など、申請後のケアも欠かすことはできない。

②労働時間認定の現状

いわゆる過労死・過労自死事案については、特に労働時間の認定が非常に重要である。上記のとおり、必要な資料をできる限り揃えるのみならず、証拠等を引用した補充書面を提出すると共に、労働基準監督署が使用している労働時間の認定にかかるエクセルシート表を提出することも必須である。

ただ、東京労働局管轄の労働基準監督署を中心に、昨今においては、労働時間に関して、非常に厳格な認定をしている傾向にあると指摘されている。従前から困難な持ち帰り残業のみならず、移動時間の労働時間性などを含めて労働時間として認定されないことから、当然過労死等基準に達すると思われていた事案で、これを満たさないとして棄却される事案が散見されているとのことである。必ずしも労基法上の労働時間の認定と労災事案における業務起因性の判断に当たっての労働時間の認定が一致する必要はないはずであるが、罰則付の上限規制がなされた働き方改革関連法施行以降は、行政側において超過労働時間の認定に対する謙抑的な姿勢が見受けられる。

幸い埼玉労働局管轄においては、特段問題事例の報告はなされていない。特に熊谷労働基準監督署では、実質的な観点から適切な認定がなされている印象である。私が担当した事案でも、わずか数ヶ月で、過労死等基準を超える時間外労働があったとして、無事労災認定を受けることができた。

(2)公務災害申請~労災申請との違い

公務災害認定及び給付も基本的な考え方は、労災保険給付と一致するはずであるが、実態としては、手続面や認定傾向、支給内容等に相当程度の差違が見受けられる。
まず、労災申請と異なり、いきなり給付申請をするのではなく、前提として公務上の災害か否かの公務災害認定を要することとなる。(給付申請手続と並行して実施することは可能であるが、おそらく過労死等事案では公務災害認定を先行させることが一般的ではないかと解される。)

そして、公務災害認定を申請する方法は、所属部局長の承認を経て、任命権者経由で公務災害基金都道府県支部長へ申請をすることとなる。この点、「任命権者は,補償を受けるべき者から補償を受けるために必要な証明を求められた場合には,すみやかに証明をしなければならない」(地方公務員公務災害補償法施行規則第49条第2項)とされているが、実際上所属部局長や任命権者の段階で申請自体が止められてしまう例があり、最高裁が任命権者に対する損害賠償請求を認めるケースもあった(最決平成24年3月15日・東京高判平成23年9月14日)。私が担当した事案も、所属部局長の証明が進まないことから、事情説明書面と共に直接基金に請求書を送り、基金から任命権者へ指導をしてもらい、ようやく受理に至ったケースがあった。

公務災害認定についても、全く同じではないものの、労災同様の基準によるものである。従って、上記労災同様の代理人弁護士としての活動が求められる。もっとも、地方公務員の場合、審査を行う主体が同じ行政主体である地方公務員災害補償基金都道府県・政令市支部長(都道府県知事・政令市市長)となることが影響しているのか、労災認定よりも認定に関して厳しい印象を受ける。(なお、公務災害が認定された場合、休職中の給与は当初から全額支払われることとなる。)

(3)不服申立手続~審査請求・再審査請求

労災申請・公務災害申請が不認定となった場合、或いは認定されたが支給額に誤りがある場合には、同処分に対して審査請求・再審査請求をすることとなる。審査請求は、処分を知った日から3か月以内、再審査請求は、再審査請求にかかる裁決を知った日から2か月以内に申立てをする必要がある。

私は比較的労基署段階で認定を受けられることが多いが、審査請求手続で取り消し裁決を得た例もある。申立人代理人としての関与は、当初の申請のときと変わるものではないが、不認定を経た上での審査請求になるため、情報開示請求をして、不認定となる理由を調査復命書等で十分に確認の上で、的確な反論・反証をする必要がある。その際には、審査官に連絡を取り、追加面談を要請し、申立人代理人も同席する等の対応をすることが望ましい。

また、私は幸い労基署で十分な認定がなされることも多いが、労働時間が問題となる事案では、無事労災認定を受けられても、労基署の時間外労働の認定が不十分な場合がある。この場合には、労災保険給付額が適切ではないことから、給付認定額のみを争う審査請求を申し立てることとなる。

なお、公務災害申請における不認定処分も審査請求を行うことになるが、その際、地方公務員災害補償基金都道府県等支部審査会が審査を行うこととなる。公務災害申請は、上記のとおり労災認定に比べて厳しい印象を持っていたが、審査会委員には弁護士も選任されており、近時、生存事案(パワハラ事案)において、口頭意見陳述を経て、不認定処分の取り消し裁決を得ることができた。不認定処分となっても、審査請求での取消しを目指すべきである。

審査請求も棄却されてしまった場合には、再審査請求をするか、取消訴訟を提起するかの対応となる。これらは平行してすることができ、再審査請求では一件記録が開示されることから、私は審査請求で棄却となった事案は、全て再審査請求をするようにしている。残念ながら、再審査請求での取消しを得た経験はないが、再審査請求を申し立てることによって、取消訴訟での勝訴判決に結びつく資料を得ることができたという経験はある(東京地方裁判所平成20年1月28日判決(国・さいたま労基署長・ビジュアルビジョン事件:労働判例1190号23頁(参照))。

6 事業主に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求

(1)交渉

上記労災(公務災害)申請手続のほか、それに加えて、事業主に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をすることとなる。交渉に関しては、私は割と労災申請と平行して、損害賠償請求をするケースが多い。その際も、上記証拠保全手続等で得られた証拠が重要となる。
また、労災認定が得られた場合には、必ずしも労災認定と安全配慮義務違反が軌を一にするものではないが、より強気で交渉をすることができる。私が経験した、ハラスメント自死の事案(業務上のミスに対する極めて過酷な叱責)では、証拠保全手続で事業主による本人への事情聴取の音声を得ることができ、通院歴もない事案であったが労災認定に繋がった。労災認定以前は、事業主側代理人は、一切事業主に責任はない、支払いも僅少な見舞いにとどまるとの態度を崩さなかったが、労災認定が出るや、すぐに和解の話になり、交渉段階で相当額の解決金を受けることができた。

(2)訴訟手続

交渉でまとまらない場合には、訴訟提起することとなる。遅延損害金は付くが、労災認定を受けている場合、遺族給付等は口頭弁論終結時まで損益相殺の対象となる。労災・公務災害を先行させるケースが多いと解されるが、安全配慮義務違反の方が、行政基準よりも実質的に広範囲で認められるともいえることから、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をメインとして位置づけるべき事案もある。(公務災害は不認定(取消訴訟含む)となったが、安全配慮義務違反が認められた事案として、東京高裁平成29年10月26日判決(労働判例1172号・26頁)・さいたま地裁平成27年11月18日判決(労働判例1138号30頁):さいたま市(環境局)職員事件)

昨今の傾向として、過失相殺を大幅に認める事案が多い印象である。特に過労自死事案では、業務上の要因以外大きな要因がないにも関わらず、何らかの被災労働者側(遺族本人含む)の事情を元に、相当程度の過失相殺がされてしまっているケースも見受けられる。私も、教員の過労自死事案において、月200時間を超える時間外労働が認められたことなどもあり、水戸地裁下妻支部令和6年2月14日判決は、市側の過失相殺の主張を全否定した。それにも関わらず、東京高裁では、一回結審をし、事前の心証開示が全くなかったにも関わらず、結審後和解において、相当な過失相殺が適切であるとの意見を主張し、地裁判決の判断枠組みを維持するために和解に応じざるを得なかった。電通事件最高裁判決からすれば、安易な過失相殺は許されないものと解されることから、今後も裁判所に強く働きかけていきたいと考えている。

以 上

被団協のノーベル平和賞受賞を活かそう!!

大久保賢一

日本原水爆被害者団体協議会 (日本被団協)がノーベル平和賞を受賞した。日本被団協の活動を身近で見てきたし、それなりに伴走してきた私としても本当にうれしい。地獄の体験をした被爆者が「人類と核は共存できない」、「被爆者は私たちを最後に」と世界に訴え、核兵器が三度使用されることを防いできたことを思えば、この受賞はむしろ遅かったくらいだとも思う。

ノーベル委員会が、核兵器の使用がかつてなく高まっているこの時に、日本被団協に平和賞を授与したのは、タイムリーな選択といえるであろう。

核兵器も戦争もなくなっていない

世界では武力の行使が続いているし、1万2千発からの核兵器が存在している。ピーク時である1986年の7万発と比較すれば大幅に減少しているとはいえ、そのうちの数千発はいつでも発射される態勢(警戒即発射態勢)にある。

しかも、その能力は「近代化」されている。プーチン大統領は核兵器使用を公言し、イスラエルも核の影をチラつかせている。中国も核戦力を強化し、北朝鮮は核兵器の先制使用を憲法に書き込んでいる。だから、私はこの受賞を最大限活用したいと決意している。それが、被団協のたたかいを継承することに繋がると思うからである。

授賞の理由

ノーベル委員会は平和賞授与の理由として、被団協が1945年8月の原爆投下を受けて「核兵器使用がもたらす壊滅的な人道的結末に対する認識を高める」運動をしてきたことをあげている。そのたゆまぬ努力が「核のタブー」を形成してきたというのである。

ノーベル委員会が、その時にまで遡って評価していることはまさに慧眼であろう。そして、ノーベル委員会は「核のタブー」が圧力を受けていること、すなわち核兵器使用の危険性が高まっていることを危惧して、被団協に授与していることにも注目しなければならない。

私は、そのノーベル委員会の「核のタブー」が破られようとしているとの危機感に共感している。

「核のタブー」を破るのは誰だ

その「核のタブー」を破ろうとしているのは、核兵器保有国であり核兵器依存国である。石破茂首相は「核共有論者」だし、バイデン氏はイスラエルの暴虐は止めないし、ウクライナに停戦を呼び掛けていなかった。米国大統領に再び就任したトランプ氏は、かつて「核兵器をなぜ使ってはならないのか」と何度も聞き返した人である。今、核兵器の削減なども口にしているが、私は信じてはいない。

核兵器依存論者は、核兵器を廃絶するのは核兵器がなくても自国の安全が確保されてからだとしている。

自分たちで対立と分断を煽りながら、安全保障のために核兵器が必要だというのである。おまけに、他国にはその安全保障の道具を持たせないというのだから本当に質が悪い。彼らの欺瞞には本当に腹が立つし、そのことを指摘しないマスコミや「無留保の賛辞」を送る連中を見ると怒りが湧いてくる。

核兵器使用はタブー

核兵器使用は「タブー」である。

核不拡散条約(NPT)は「核戦争は全人類に惨害をもたらす。」しているし、核兵器禁止条約は「核兵器のいかなる使用も、壊滅的人道上の結末をたらす。」としている。

核大国の首脳も「核戦争に勝者はない。核戦争は戦ってはならない。」としている。

核兵器使用がタブーであることは、1955年に「原爆裁判」を提起した故岡本尚一弁護士が「原爆使用が禁止されるべきであることは天地の公理」としていた時代から指摘されていたことなのである。

核兵器使用禁止から廃絶へ

にもかかわらず、核兵器はなくならないどころか、核戦争の危機が迫っている。

その原因は、核兵器は自国の安全保障のために必要だと主張する「核抑止論者」が政治的影響力を持ち続けているからであり、大衆が彼らにその力を提供しているからである。

核兵器は意図的に使用されるだけではなく、事故や誤算で発射される危険性がある。ミスをしない人間や故障しない機械はないからである。

現にそのような事態は発生している。このままでは、私たちは「被爆者候補」(田中熙巳被団協代表委員)であり「核持って絶滅危惧種仲間入り」という状況が続くことになる。

だから、私たちの課題は、核兵器不使用の継続ではなく、核兵器廃絶ということになる。

被団協のたたかい

被団協の結成は1956年である。その「結成宣言」は次のように言う。私たちは全世界に訴えます。人類は私たちの犠牲と苦難をまたふたたび繰り返してはなりません。私たちの受難と復活が新しい原子力時代に人類の生命と幸福を守るとりでとして役立ちますならば、私たちは心から「生きていてよかった」とよろこぶことができるでしょう。

1984年の「原爆被害者の基本要求」は次のように言う。私たち被爆者は、原爆被害の実相を語り、苦しみを訴えてきました。身をもって体験した”地獄”の苦しみを、二度とだれにも味わわせたくないからです。「ふたたび被爆者をつくるな」は、私たち被爆者のいのちをかけた訴えです。それはまた、日本国民と世界の人々のねがいでもあります。核兵器は絶対に許してはなりません。広島・長崎の犠牲がやむをえないものとされるなら、それは、核戦争を許すことにつながります。

2001年の「21世紀被爆者宣言」は次のように言う。日本国憲法は「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意」しています。戦争被害を受忍させる政策は憲法の平和の願いを踏みにじるものです。憲法が生きる日本、核兵器も戦争もない21世紀を―。私たちは、生あるうちにその「平和のとびら」を開きたい、と願っています。

被団協は、68年間、このような決意のもとに「核兵器も戦争もない世界」を求めてきた。しかも、刮目しておきたいことは、核兵器廃絶と憲法9条をしっかりとリンクさせていることである。「平和憲法」が公布された1946年11月3日、当時の日本政府は、「文明が戦争を抹殺しなければ、やがて戦争が文明を滅ぼしてしまうことを真剣に憂えているのである。ここ於いて本章(2章・九条)の有する重大な積極的意義を知るのである。」としていたが、被団協も被爆体験の中から「核兵器も戦争もない世界」を希求し続けてきたのである。

まとめ

私はこのたたかいに尽力してきた多くの被爆者の方を知っている。戦争が終わってから生まれた私よりも、もちろん、先輩である。多くの方が鬼籍に入っている。「核兵器も戦争もない世界」の実現は、その方たちの「いのちをかけた訴え」であり、また、私を含む「世界の人々の願い」なのである。ノーベル委員会は被団協のその長年にわたる営みを高く評価しているのである。

私たちは、核兵器に依存しながら核兵器廃絶をいう勢力に騙されてはならないし、世界のヒバクシャと団結して、核兵器廃絶のたたかいを強化しなければならない。既に、核兵器を全面的に禁止しその廃絶を予定する核兵器禁止条約は発効している。それに背を向ける日本政府を憲法に依拠しながら変えなければならない。「核兵器も戦争もない世界」を創るために。(2025年3月6日記)

痴漢冤罪事件で無罪判決を獲得しました

埼玉総合法律事務所

深谷直史

はじめに

表題のとおり、弁護士3年目となる2024年に、無罪判決を獲得しましたので、ご報告します。

1事件の概要

後に依頼者となるTさんは、いたって普通のサラリーマンです。30歳代の働き盛りであり、妻と1歳の男の子がおり、前科前歴もありませんでした。事件当日は、営業先から自宅へ帰ろうと、JR埼京線の先頭車両に乗っていた。金曜日の夕方、電車も最も混雑する時間です。Tさんは、先頭車両の先頭ドア(進行方向から見て右側)付近に、リュックを前に抱えて腕を組むような姿勢で、ドア方向を向いて立っていました。車両が板橋駅に到着しようとした瞬間、左隣に立っていた女性(以下、「Aさん」とする)から腕を掴まれ、「あなた触りましたよね」などと言われ、すぐにホームへ降ろされ、臨場した警察官に痴漢の容疑で現行犯逮捕されるに至った、というものです。

Aさんに腕を掴まれる直前に、Tさんの妻から一枚の写真がTさんのもとにLINEで送られていました。Tさんは、駅員室に連れていかれるさなか、妻に「ごめん、ちょっと時間かかるかも」「なんか痴漢につるしあげられた」「なんもしとらん」とLINEでメッセージを送り、連絡を絶ちました。

2受任の経緯・裁判までの経過

逮捕後に勾留請求されたものの、勾留却下となったため、在宅事件として進行することになりました。弁護人接見前から、Tさんは犯行を否認しており、供述調書にもその旨記録されていました。釈放後は、取調べ拒否の対応を取りました。

Tさん本人が否認しているにもかかわらず、公判請求されてしまいました。

3裁判の経過

刑事弁護を中心に活動している知り合いの弁護士に声をかけ、二人体制で公判を戦うことになりました。起訴後まもなく、証拠開示がされました。大まかに分けて、①Aさんの検面調書、②列車内の防犯カメラ映像、③被害再現調書、、です。

①Aさんの検面調書を検討するに、Aさんの言い分は、概要「自分の目の前に男性が立っていた」、「男性は腕を組んでおり、左腕の下から指のようなもので自分の胸を触られる感覚があった。おそらく男性の右手の指である。」、「しばらくして胸の感触がなくなると、自分の陰部に何か食い込むような感覚があった。」、「腕を下に伸ばして腕を掴んだら、目の前の男性の右手だった」というものでした。

②防犯カメラを検討するに、Aさん及びTさんが立っていた位置は、埼京線の先頭車両の一番端であり、Aさんの周りにTさん以外の人物は立っていませんでした。Tさんの周囲に、Aさんに向かって手を伸ばしているような人物も写っていませんでした。そもそも、Tさんは、「混んでいる電車だったので、身体は四方八方、周りの人と触れていた」と証言していました。夕方ラッシュの時間ですので、実際の防犯カメラ映像も、そのくらいの混雑状況でした。そのため、「Tさんの手がAさんの身体に触れてしまったかもしれないが、意図的ではない」という故意否認のケースセオリーで裁判を戦うことにしました。

③の再現写真も、基本的には①の供述に沿う形で作成されていました。警察官の再現では、犯人役の警察官が腕を組んで左腕の下から右手で女性の胸を触っている写真、警察官が右手を左前方に伸ばして女性の陰部に触れている写真が写っていました。

翻って、Aさんは、前方にリュックを抱えながら腕を組むように立っていたと証言しており、実際にその姿も防犯カメラ映像に映っていました。ところが、③の写真では、警察官はリュックを前方に抱えることなく再現をしていたため、正確性に疑問のある再現写真となっていました。また、陰部を触れている再現状況では、リュックを抱えることない状態でも、再現をしている警察官の右肩は大きく下に下がっていたところ、防犯カメラの映像ではTさんの両肩は平行を保ったまま動いていませんでした。再現写真の状況及び防犯カメラの映像から、再現写真の再現性が低いものであることを主張することにしました。

また、Aさんは、陰部を触っている右手を掴んでホームに降ろしたと主張していたところ、Tさんは左ポケットに入れていたスマートフォンを取り出そうとしていたところ左手を女性に捕まれた、と主張していました。この点、防犯カメラ映像には、AさんがTさんの腕をつかんだであろう瞬間に、Tさんの顔の右横に自由な右手がうごいているところが、ほんの一瞬だけ写っていました。Tさんが左ポケットにスマートフォンをしまうところも、新宿駅の乗り入れの際の瞬間を写した防犯カメラ映像に写っていました。実際にTさんが腕を掴まれる直前に妻からLINEが送られてきており、その通知がTさん着用のスマートウォッチにも来ていたため、その証拠を弁号証として提出することにしました。

以上から、「胸の感触は、Tさんの左の二の腕が触れてしまった感覚であり、電車の揺れに合わせて触れていたためにAさんは故意に触られていると勘違いした」「陰部の感触は、Tさんが左手でスマートフォンを取り出そうとしているところ、Aさんの陰部付近に触れてしまい、AさんはTさんの左手を掴んだ」というケースセオリーを立てたうえで証人尋問に臨みました。

証人尋問では、「Aさんは、胸にせよ陰部にせよ、実際に触られている手を現認していない(=触れられた、との証言は感覚上のものである)」、「電車が相当混雑していたこと」、「故意に胸を触られている瞬間が映っている防犯カメラ映像上の時間の特定(=電車が前後左右に大きく揺れている瞬間と近似していること)」などの証言を反対尋問で固めることに成功しました。

4無罪判決の宣告

審理を終え、Tさんには無罪判決が下されました。混雑状況や電車の揺れの状況からすれば、Tさんの左腕等が揺れに合わせてAさんの胸付近を往復するような動きになった可能性は十分にあり、証拠からすればTさんが左ポケットからスマートフォンを取り出そうとした可能性は十分にあり、この動きをもってAさんが陰部を触られていると誤解した合理的疑いが残るとしました。そのうえで、Aさんがことさらに虚偽を述べているとはいえないとしつつ、感覚として述べる接触行為が被告人による意図的なものであったとまでいえるかについては、「慎重にならざるを得ない」と裁判官は結論づけました。

5判決宣告は、Tさんと握手し、抱擁し「おめでとう。おめでとう。」と言うことしかできませんでした。在宅事件とは言え、1年近くもの間闘ってきたTさんとそのご家族の心労を思うと、感極まるものがあります。無罪を勝ち取る難しさとともに、良い判断をしてくれた裁判官・法廷の弁護活動を教えてくださった相弁護人の先生など、人とのつながりが大切だとも思いました。

以上

地方自治体の自衛隊への名簿提供について

山崎 徹

1 自衛隊の自衛官募集活動

2015年に安保法制が成立してから10年が経過しようとしています。

限定的とはいえ、米国との集団的自衛権の行使が容認されたことから、台湾有事を念頭において、沖縄の南西諸島、九州へのミサイル配備、自衛隊と米軍との一体化、共同演習の強化が進められています。

そのことも反映して、また自衛隊内のパワハラ・セクハラ問題なども相まって、自衛官の応募者数は減少し、自衛官の中途退職者が増えています。自衛隊の隊員数は定員数から10%程度不足する状態となっており、この間、自衛隊が自衛官の募集活動に積極的になっています。

自衛隊から高校生宛てに自衛官募集の手紙(ダイレクトメール)を送るため、地方自治体に適齢者の名簿(氏名、住所、生年月日、性別)の提供を求めていることもその一環です。

2 二つの法制度

自治体の自衛隊への名簿提供に関しては、二つの法制度が関係しています。

(1)「名簿提供」(自衛隊法による資料提出の要求)

ひとつは、自衛隊法97条1項、同法施行令120条を根拠とする「資料提出の要求」です。自衛隊は、同条の「資料提出の要求」として、「紙媒体」ないし「電子データ」での名簿提供を自治体に求めています。

条文は、以下のようになっています。

(条文)

自衛隊法97条1項

「都道府県知事及び市町村長は、政令で定めるところにより、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部を行う。」

自衛隊法施行令120条

「防衛大臣は、自衛官又は自衛官候補生の募集に関し必要があると認めるときは、都道府県知事又は市町村町に対し、必要な報告又は資料の提出を求めることができる。」

しかし、ここでいう「資料」には、住民のプライバシーに関する情報は含まれないと解すべきです。施行令120条は、同114条から119条を受けた規定です。それらは地方公共団体の募集義務として、募集期間の告示、応募資格の調査及び受験票の交付、応募資格の調査の委託、試験日及び試験場の告示など、広報宣伝などを定めている規定なのです。

従って、120条は、地方公共団体の募集事務に関して、報告や資料の提出を求めることができることを定めた規定です。条文の構造からみても、同条の「資料」に住民のプライバシー権に関する情報が含まれるということはできません。

そうすると、自衛隊から自治体への名簿提供の求めには、法的な根拠がなく、地方自治体がこれに応じて名簿を提供することは住民のプライバシーを侵害する違法な行為となります。

(2)「台帳閲覧」(住民基本台帳の閲覧制度)

もうひとつは、住民基本台帳法の閲覧制度を利用して、自衛隊が地方自治体に住民基本台帳の「閲覧」を求める場合です。この場合は、自衛隊の職員が各市町村を訪問し、住民基本台帳を「閲覧」して、適齢者の情報を手書きで書き写していくことになります。

条文は、以下のようになっています。

(条文)

住民基本台帳法11条1項

「国又は地方公共団体の機関は、法令で定める事務の遂行のために必要である場合には、市町村町に対し、当該市町村が備える住民基本台帳のうち第7条第1号から第3号までおよび第7号に掲げる事項(氏名・住所・生年月日・性別)に係る部分の写し(住民基本台帳の一部の写し)を当該国又は地方公共団体の機関の職員で当該国又は地方公共団体の機関が指定するものに閲覧させることを請求することができる。」

しかし、ここでは、同条の「法令で定める事務の遂行のために必要である場合」という

要件に関して、自衛隊の募集業務に本当に住民基本台帳の閲覧が必要なのかどうかが問われます。他の公務員募集などの募集活動において、自衛隊以外の行政機関は、住民基本台帳から個人情報を取得することはありません。募集活動のために住民基本台帳を閲覧している行政機関は自衛隊だけなのです。そのことは総務省も認めています。

自衛隊募集は、ネット広告、自治体の広報への掲載、募集ポスターの掲示など様々に行われています。自衛隊が適齢者にダイレクトメールを送ることは、自衛隊の募集方法の一部に過ぎません。そのことに、住民のプライバシー侵害を甘受させるほどの必要性があるとは言えないのではないでしょうか。

そう考えると、自衛隊が自治体に住民基本台帳の「閲覧」を求めることにも、法的根拠はなく、地方自治体が「閲覧」に応じることも、住民のプライバシーを侵害する違法な行為ということになります。

3 奈良地裁の国賠訴訟

埼玉県では、63自治体のうち、上記2(1)の名簿の提供をしている自治体は、2自治体にとどまっています。61自治体は、住民のプライバシーを考慮し、名簿の提供ではなく、上記2(2)の住民基本台帳の「閲覧」の限りで応じるとしています。

他方、全国的には、65%の自治体が上記2(1)の名簿の提供に応じているとの報道があります。

昨年、奈良地裁では、高校生(当時)が原告となり、地方自治体による名簿提供の違憲性を問う国賠訴訟が起こされました。奈良や京都の団員が訴訟代理人を務めており、注目しています。

クルドヘイト訴訟に対する支援をお願いします!

弁護士 南木 ゆう

1 クルドヘイト訴訟

昨年12月27日、日本クルド文化協会を原告として、日本街宣倶楽部の渡辺賢一に対する街宣活動差止及び損害賠償を求める訴訟を提起した。同氏は、街宣活動でクルド人に対するデマやヘイトスピーチを繰り返しており、昨年11月21日に、さいたま地裁において、同氏に対する街宣活動を禁止する仮処分決定が出ていたが、その後起訴命令が申し立てられたため、訴訟の提起が急がれていた。

私はこれまでこの件に全くノータッチでいたが、関わっている弁護士からの報告を受けるにつれ、クルド人が、日本で酷いヘイトにさらされながら日常を生きている現状が、ここ埼玉川口にあり、埼玉総合の一因としては何とかしなくてはいけない問題だと感じていた。また、中心的に活動していた在日の弁護士が、ヘイトの標的にされたことに憤りを感じ、弁護団の一員となった。

とはいえ、私は今まで全く外国人問題に関わってきていないし、クルド人に対する知識・理解も圧倒的に不足している。PKKって何?クルドってどこの国?という状態からのスタートであったため、果たして戦力になれるのか今でも自信はない。しかし、前職のつながりからX(旧Twitter)における誹謗中傷に対する発信者情報開示命令の申立は、複数回行っている経験があるため、その知識と経験を少しでも弁護団のお役に立てることができればと現時点では考えている。

2 発信者情報開示

令和4年10月1日、プロバイダ責任制限法が施行され、発信者情報開示命令という新しい非訟手続が創設され、今までよりも格段に発信者情報の開示が楽になったといわれている。

しかし、(詳しい説明は省くが)アクセスプロバイダーのログ保存期間(3か月のところが多い)からすると、結局のところ仮処分申立を併用せざるを得ないし、コンテンツプロバイダーに対する仮処分決定が出た後も、間接強制の申立、アクセプロバイダーへの発信者情報開示命令申立までは時間との戦いは続くし、何だかんだ結構手続は面倒だ。

やっと個人のメールアドレスまで特定できた!と喜んだのも束の間、弁護士会照会に対応しない通信会社もあり、結局開示された情報をもってしても、個人を特定するまでに至らない件も多い。個人が特定できたとしても、1件1件で取れる慰謝料は限られていて、経済的価値だけをみてしまうと、ペイできるものはほとんどないと考えた方が良い。でも、割に合わないと思ってやめてしまったら、そこで終わってしまう。

実際、運良く特定ができて投稿者に慰謝料を請求すると、投稿者は「軽い気持ちでやってしまいました。」と平謝りの若い子が多い。ここまでしないと、「軽い気持ち」で人を傷つけてはいけないことに気がつけないのかと落胆する反面、確固たる信念をもってヘイトしている人は、本当は少数しかいないのではないか、という期待にもなる。

3 本題-クルド訴訟に対する支援のお願い-

クルドの方達に対するSNS上のヘイトスピーチは、次から次へと湧いてくる。例の戸田市議や一部のマスコミ等、クルド人のヘイトに加担する者もいて、これらに対応するには、ともかく人手が必要だ。今後、被害を受けているクルドの方達への聴き取りにより、訴訟で被害の実態をアピールする必要があるが、ここでも人手が必要となる。

まだ弁護団に入っていない先生方、ぜひともお力をお貸しください。

埼玉アスベスト弁護団報告

令和7年3月12日

竹内 和正

第1 埼玉アスベスト弁護団

 1 構成

団長:南雲芳夫、事務局長:竹内和正、事務局次長:佐藤智宏、増田悠作

弁護団員(実働):20名程度

2 取り組み

アスベスト被害の救済と撲滅を目指し、現在、①首都圏建設アスベスト訴訟、②工場型アスベスト国家賠償請求訴訟のほか、③アスベスト個別事件事件に取り組んでいます。その他、アスベスト相談を随時受け付けています。

 

第2 首都圏建設アスベスト訴訟

1 概要

⑴ 建築作業に従事した結果、石綿関連疾患に罹患した大工等の建設作業従事者が、アスベストの危険性を認識していながらアスベストの使用を規制せず、積極的に使用させ続けた国と、アスベストが含まれた危険な石綿含有建材を製造し続けたメーカーに対し、損害賠償を求めている訴訟です。埼玉弁護団は、1陣、2陣は東京訴訟に参加し、3陣以降はさいたま地裁に提訴しています。

⑵ 東京1陣訴訟

約17年前である2008年5月16日、東京地裁に提訴し、2021年5月17日、ようやく国と建材メーカーの責任を認める最高裁判決がだされています。同月18日、当時の菅総理から謝罪を受け、国と基本合意を締結した結果、国は訴訟係属中の原告と訴訟上の和解をし、「建設アスベスト給付金法」を成立させ、同水準で裁判を起こしていない被害者にも支払いも行っています。

他方、一部メーカー責任については東京高裁に差戻されましたが、これも2023年10月10日に結審を迎えました。そして、2024年12月26日、結審から約1年2ヵ月を経て、建材メーカー7社に対して、原告234名(和解対象原告の約92%)に総額40億円超の和解金を支払うことを内容とする裁判所和解案が示されました。一部の原告について建材メーカーの責任が認められない等、不十分な点はありますが、認容率や賠償額はこれまでの判決との比較から高い水準であるといえること、認定されなかった原告も含めて裁判所和解案を受諾することは全面解決への強い決意表明となること、なにより早期解決は原告らの悲願であることから、原告団は裁判所和解案を受諾することを裁判所に伝え、建材メーカーに対して個別の申入れを行い、真摯な謝罪とともに和解に応じるよう全面解決の実現を迫っています。

⑶ 東京2陣訴訟

2014年5月15日、東京地裁に提訴し、国と建材メーカーの責任を認める東京地裁判決がだされ、東京高裁においても2024年3月1日に結審を迎えました。そして、2025年1月31日、東京2陣においても、概ね東京1陣の裁判所和解案と同様の基準で、建材メーカー5社に対して、原告82名(和解対象原告の約82%)に総額11億超の和解金を支払うことを内容とする裁判所和解案が示されました。残念ながらこちらも一部原告について建材メーカーの責任が認められない等の不十分な点がありますが、東京1陣と同様に裁判所和解案を受諾し、東京1陣・2陣の原告が団結して建材メーカーに対して和解解決を迫ることとしています。

⑷ 埼玉訴訟(3陣)

①2020年3月24日、②2020年12月23日、③2022年6月7日にさいたま地裁に提訴し、さいたま地裁第2民事部において併合されて審理されています。現在の原告数は85名(被災者数65名)です。

2025年6月18日の結審が予定されており、埼玉訴訟においても早期解決にむけて建材メーカーとの和解が検討されることになります。

2 課題

⑴ 建設アスベスト訴訟は、これまでの長い訴訟の中で、最高裁判決とそれに続く国との基本合意、「建設アスベスト給付金法」の創設・施行というかたちで、国との関係では、(完全なものではありませんが)多くの被害者が救済を受けることができています。

他方、いまだ建材メーカーは責任を認めず、係属中の訴訟で加害責任を争い、補償基金制度への参加や拠出を拒んできています。

⑵ そのような状況において、上記のとおり、東京1陣訴訟と東京2陣訴訟において、立て続けに裁判所和解案が提示されました。

全国でも最大規模の両訴訟において、建材メーカーとの和解が成立すれば、係属中の全国の建設アスベスト訴訟に大きな影響を与えることになり、また、補償基金制度への建材メーカーの参加や拠出に向けた大きな一歩となります。

首都圏建設アスベスト訴訟は、現在まさに全面解決に向けた最大の山場を迎えています。

⑶ 建設アスベスト訴訟を起こした原告の方のうち、提訴後に亡くなった原告の方の人数は300名近くにも及んでいます。

弁護団としては、生存原告の皆さんの悲願である「生きているうちに解決を」図るべく引き続き尽力いたします。

以上

学童保育の意義と民営化に伴う弊害

埼玉東部法律事務所 弁護士 古谷 直樹

1 はじめに

埼玉県春日部市では、令和元年度から放課後児童クラブ(学童保育)の運営が指定管理者の公募を経て、株式会社トライに委託されました。公募時の募集要項には、詳細な仕様書と協定書案が添付され、指定管理者選定後には春日部市と㈱トライとの間で、基本協定書が締結されました。

ところが、㈱トライは、協定で定められた常勤支援員(週38時間45分以上の勤務をする支援員、言い換えれば1日あたり7時間45分勤務する支援員)を確保せず、大幅な欠員を生じさせました。常勤支援員の数が足りないことで、現場の支援員からは余裕が失われ始め、従来の保育の質を保ち続けることに限界が近づきつつありました。

また、情報公開請求等を用いて調査を進めるにつれ、春日部市と㈱トライの間で、本来協定で定められたはずの常勤支援員複数配置の基準がなし崩し的に切り下げられ、春日部市が㈱トライの債務不履行を追認している実態が明らかになりました。

事態を危惧した父母会はじめ市民有志は、春日部市の㈱トライに対する指導監督の怠慢を是正させ、学童保育の質を確保するため、春日部市に対し、不足する常勤支援員の人件費に相当する金員を㈱トライが春日部市に返還するよう求める住民訴訟を、令和3年6月に提起しました。

弁護団には、埼玉東部、埼玉中央等の各事務所から10人弱が参加し、令和6年5月のさいたま地裁判決をへて、現在東京高裁にて控訴審の審理を進めている状況です。

本稿では、本訴訟で求めた学童保育のあるべき姿、公共サービスの民営化がはらむ問題点、地裁判決の報告に焦点を絞り報告させていただきます。

 

2 学童保育の成り立ち

そもそも、放課後児童クラブとは、両親が共働きに出ているなど、帰宅しても監護する大人がいない児童に対して、放課後に遊びや生活の場を与え、児童の健全な育成を図る事業のことであり、一般的に「学童」とも称されます。

父母を中心とした国に対する制度要求を受けて、平成9年(1997年)児童福祉法が改正され、平成10年(1998年)4月に、「放課後児童健全育成事業」として児童福祉法の適用される事業として制度化されました。

春日部市では、昭和42(1967年)年に地域の父母会が結成され、父母が互いに協力し、共同保育を行ったことが始まりです。当時は、行政の支援はなく、父母会自ら物件を賃借し、雇用した支援員と、保育の内容や行事の企画等について熱心に話し合うことが当たり前でした。春日部市では伝統的に、学童保育を児童が成長していく場と位置づけ、父母会と支援員とが一体感を持ち、公営化後も質の高い保育の場を作り上げてきたのです。

 

3 学童保育支援員の役割

学童保育は学校と異なり、様々な年齢の児童が共同生活をする場です。そのため、児童の体格や成長発達も様々であり、そのもとで40人、場合によっては70人を超える児童に対応するのが支援員の職務になります。当然それには、複数人の支援員が必要です。

また、児童が実際に登室するのは午後の放課後からですが、それ以外の時間帯にも環境整備業務、事務作業、打合せ、日誌の作成、父母対応、会議などの多様な業務があります。打合せは毎日行われ、児童の状態を確認してどのような生活をさせてあげるのか「日案」を作成し、役割を決めます。この打合せで病気、怪我、前日のけんか、アレルギーなど様々な情報を共有し、日誌作成を共同で行うことで、児童一人ひとりの保育課題を把握します。このように、学童保育は、児童が登室している時間の児童対応だけで到底成り立つものではありません。むしろ、適切な保育サービスを提供するためには、児童が登室していない時間帯の各種の業務が重要な役割を担っており、その遂行には常勤支援員の存在が不可欠になります。

しかしながら、春日部市及び㈱トライは、子どもたちが登室している時間帯だけ勤務する短時間勤務の支援員を確保すれば足りるという考え方に基づき、これまで春日部市において築いてきた保育の質をなし崩し的に低下させてきました。常勤支援員の役割を軽視した短時間勤務の支援員による継ぎ接ぎのような保育では、学童保育に本来求められる質を維持できないことは明らかなのです。

 

4 公共サービスの民営化に伴う弊害

近年、指定管理者制度、業務委託などの手法を使用した公共サービスの民営化が全国各地で急速に進められていますが、それに伴い、安全性の後退、サービスの質低下、法令違反など様々な問題が多発しています。

学童保育についても民営化が全国的に進行しており、全国で3万5337ある学童保育の支援の単位のうち、2万5179単位(71.3%)は運営主体が民間企業等非公営団体となり、その大半で指定管理者制度が活用されているとみられます。

指定管理者制度では、地方公共団体は任務実施の最終的な責任を留保しながら、その具体的な実施の部分を民間主体に委託することができ、民間のノウハウ等の活用が期待されています。他方で、地方公共団体に対して、委託したことにより専門性・継続性が失われ、公共サービスの質が低下しないよう、公正透明な選定の基準・手続の設定と厳格な審査、適切な管理運営のための細目に関する協定締結、適時適正な住民への情報公開、客観的で公正なモニタリングや評価等民主的なコントロールが常に求められます。

本件において、春日部市が指定管理者選定にあたり、募集要項や仕様書で支援の単位ごとに常勤支援員を2名配置すると定め、募集時のQ&Aで常勤の定義を「週38時間45分以上の人」と募集要項及び仕様書を補足する形で市の見解を示したのは、まさに専門性を有する正規職員が、民間の非正規職員に置き換えられ、質が低下する事態を防止するためのものです。そのため、㈱トライが、常勤支援員を複数確保する義務は、公共サービス民営化に伴う弊害を防止し、指定管理者による適正な事業遂行を確保する観点から遵守されなければならない重要な債務内容でありました。

ところが、春日部市と㈱トライの対応はあまりにも無責任なものであり、学童保育の民営化を行ったことにより、公共サービスの民営化に内在する弊害が典型的に生じた事例ともいえます。

 

5 地裁判決

令和6年5月にさいたま地方裁判所にて、判決が言い渡され、結果は請求棄却でした。

主要な争点は、①㈱トライに、週38時間45分勤務する常勤支援員確保義務があったこと、②㈱トライが週38時間45分以上勤務の常勤支援員を必要数確保できなければ、債務不履行となることでした。

裁判所は、常勤支援員とは「週38時間45分以上の勤務をする支援員を意味するものと解するのが相当である」「募集要項の明示的な記載に基づく債務を負担するというべきである」と判示し、①の争点は弁護団の主張が認められました。

しかしながら、②の争点については㈱トライの債務不履行を認定せず、春日部市の対応の違法性・不当性を認めませんでした。判決の原因には、第1に数々の事実誤認、第2に法律論の誤り、第3に学童事業の質・位置づけに関する誤認、第4に全国的に公共サービスの民営化が拡がっていることにより発生している弊害への無理解があると考えています。

 

6 控訴審

控訴審においては、地裁判決の問題点の追及の他、常勤支援員確保義務が切り下げられていった経過をさらに追及すべく、新たに開示させた春日部市・㈱トライ間の実務者会議の記録など当時の資料を丹念に調べ上げているところです。

また、学童保育に常勤支援員の複数配置が必要不可欠であることを学術的に補強するため、日本学童保育学会前代表理事増山均教授ら日本の学童保育研究者に協力を仰ぎ、意見書を作成いただいて証拠提出するなど研究者との共同にも再度力を入れているところです。

地裁判決を覆すべく、弁護団の総力を結集して臨みたいと思います。

以上

生活保護基準引下げ違憲訴訟~いよいよクライマックス、今年7月最高裁判決か~

弁護士 鴨田譲(埼玉総合法律事務所)

第1 はじめに

本原稿執筆時点(3月18日)で複数の高裁判決が予定されており、また、弁論期日等について最高裁との調整中であり、本原稿発表時には情勢が変化していることを予めお断りしておく。

第2 全国の状況

1 地方裁判所

19勝11敗(残るは前橋地裁のみ)

2 高等裁判所

4勝4敗

勝訴は名古屋、福岡、大阪、札幌、敗訴は大阪、仙台秋田支部、大阪、福岡。
まだ東京高裁判決はなく、3月27日の東京訴訟、翌日28日のさいたま訴訟で2日続けて東京高裁判決が予定されている。

3 最高裁

4件が最高裁に係属しており、最も進行の早い大阪訴訟(高裁は敗訴)、名古屋訴訟(高裁は勝訴)の2件について、第三小法廷(裁判長は宇賀裁判官)で5~6月ころ弁論が実施されると考えられている。

第3 生活扶助基準引下げの経緯

1 自民党・世耕弘成氏の2012年4月10日のブログ記事

○「去る3月1日、私は自民党の生活保護に関するプロジェクトチーム(PT)の座長に任命された。」

○「生活保護費の膨張は目に余る。国民の不公平感が限界に達している。いまこそ自民党が保守政党として自助自立の精神で勇気を持って生活保護費の削減に取り組むべきだ」と発言した

○「まず、給付水準を10%程度は引き下げたい。この10年で一般勤労者の年収はデフレの影響もあって15%程度下がっている。しかし生活保護給付水準は0.7%しか引き下げられていない。また生活保護に頼らず頑張った場合に受け取れる最低賃金と比較しても生活保護の方が高くなっている。」

2 2012年自民党マニフェスト(当時の総裁は安倍晋三氏)

○生活保護費 給付水準の原則1割カット

○医療費扶助の適正化

○不正受給者には厳格に対処する

3 以上の経緯で、2012年に政権与党に返り咲いた自民党がマニフェストに基づき生活扶助基準引下げを行った。

第4 生活扶助基準引下げの実施と各地での訴訟提起

国は、2013年8月から3回に分けて、生活扶助基準(生活保護基準のうち生活費部分)を平均6.5%、最大10%(年間削減額670億円)引き下げた。いわゆる「物価偽装」までして強行した大幅引き下げに対しては、全国29都道府県で1000人を超える人が原告となり裁判をおこしている。

第5 埼玉訴訟

2014年8月にさいたま地裁に提訴をした生活保護基準引下げ違憲訴訟(埼玉訴訟)であるが(原告は35名)、約8年半の審理を経て、2023年3月29日、原告側勝訴の判決が言い渡された。「ゆがみ調整」の論点では原告の主張が認められたものの、一番問題の大きい「デフレ調整」の論点では原告の主張が否定されたため、原告側も控訴した(判決の詳しい内容は2023年の団支部報告のとおり。)。

東京高裁では、弁論を開かずに進行協議期日を重ねて、2025年1月9日に第一回口頭弁論を行い結審となった。判決日は3月28日となった。なお、その前日の27日に東京訴訟の東京高裁判決が予定されており、東京高裁での1件目と2件目の判決が連日言い渡される予定である。

第6 2023年11月30日名古屋高裁判決

1 現時点で地裁・高裁併せて原告側にとって22件の勝訴判決が出されているが、国家賠償請求(慰謝料請求)まで認めたのは未だに名古屋高裁判決の1件のみである。同判決は、以下の点で極めて画期的な判決であった。

① 高裁で最初の勝訴判決という点

② 減額処分の取り消しだけでなく、原告の精神的苦痛及び厚労大臣の重過失を認定し、1人1万円の慰謝料を認めた点(これまでの勝訴判決15件は全て処分取消のみの認容であり慰謝料は認めていない。なお、慰謝料請求はしていない訴訟もある。)

③ 国側の主張を完膚なきまでに糾弾した点(結論を導く上では不要とも思われる記載が多く、その記載のほとんどが国の本件手続に対する糾弾である)

④ 憲法25条1項の「健康で文化的な最低限度の生活」の現代的意義を正面から論じ、絶対的貧困ではなく相対的貧困の考え方を明示した点(後記5④)

2 判断枠組み

名古屋地裁判決(一審判決)は、老齢加算訴訟最高裁判決の「統計等の客観的数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性」の有無という判断基準を採用せず、ほぼ無限定といってもよい、極めて広範な裁量を厚生労働大臣に認めた。
⇒名古屋高裁判決(本判決)は、老齢加算判決の上記基準を採用し、厚労大臣の裁量を限定した。

3 ゆがみ調整(2分の1処理)の違法性

①「「2分の1処理を、被控訴人らが 現在主張しているような激変緩和措置として行うこととするという判断をしていたものであるかについては、非常に疑わしいものといわなければならず」

②「そもそも、2分の1処理があること自体、厚生労働省内で検討されていただけで、一般国民には、本件改定があっても明らかにされていない(…基準部会の委員らに対してさえ知らされていない)のであるから、…このような説明は、前提を欠くもので、極めて不誠実なものといわざるを得ない。」

③「2分の1処理がされることによって、これを行わない場合と比べ、財政効果がどのように変わるのかということも非常に重要であり、この点においても、具体的根拠をもって国民に対して説明されるべき事柄である(なお、西尾証人は、2分の1処理がなかった場合の財政効果はその2倍程度である旨証言し、…上記証言自体、抽象的、感覚的なもので、到底十分なものとはいえず、…実際にどのようなものであるかを、被控訴人らにおいて具体的に説明すべきである。)。」

④「ゆがみ調整について、その間に2分の1処理が挟まれていることが、ブラックボックスにされ、①不透明で、②一般国民に知らされず、③専門家も検証できなくされていたのである(なお、被控訴人らは、後に検討するデフレ調整において物価を指標とすることについて、「国民に対する説明」ないし「説明の分かりやすさ」を主張しているが、ここでは、国民に対して説明されず、「分からないように」されていたのである。)。」

⑤被控訴人国は、本件について判断過程審査が行われるべきである旨主 張しながら、判断過程の極めて重要な部分を秘していたものであり、…重要な事実を明らかにしないことがあるということを示すものであって、このような訴訟態度も、口頭弁論の全趣旨(民事訴訟法247条)としてしん酌されるべきである。」

⑥「そのまま反映させる場合に比べて生活保護受給世帯間の不公平を残 存させる結果となるから、むしろ公平とはいえないし、ゆがみ調整の本質的な部分を半減させてしまうものであるから、上記目的(趣旨)にも反するというべきであって、被控訴人らの上記主張は、いずれも明らかに不合理な説明である(一般的、抽象的には良い響きが感じられる「公平」という言葉を使うなどして、実際には「不公平」を残存させていることを取り繕っているものともいえる。)。」

⑦「被控訴人国が、指摘を受けるまで、2分の1処理がされていることさえ明らかにしてこなかったことは、…一般国民や専門家からの批判等を避けようとしたためであった可能性も十分に考えられるのである(厚生労働省内では、平成25年報告書が出されるより前に…2分の1処理を含めて生活扶助基準額を検討した書類を作成していたのであるから、…2分の1処理を含む本件改定の内容を説明することは極めて容易であったのに、これをあえて行わなかったものといえる。)。」

⑧「被控訴人らは、…平成25年検証の結果には統計上の限界があったなどと」いう。「しかし、デフレ調整については、…統計上の問題が山積しているにもかかわらず、-4.78%という本件下落率をそのまま適用しているのであるから、「統計上の限界」を自らの都合がよいように使い分けているものであるし、独自に行ったデフレ調整よりも専門家らによって構成される基準部会が行った平成25年検証の結果が劣っており、こちらのみを2分の1の範囲で反映させることに合理性があると認めるに足りる証拠はない」

⑨「以上によれば、2分の1処理を行ったゆがみ調整は、生活保護法3条、8条2項に違反するもので、違法であると認められる。」

4 ゆがみ調整とデフレ調整を合わせて行うことの違法性

①「生活扶助費が約90億円削減されるゆがみ調整が行われれば、ゆがみ調整による減額が加わり、結果として、本件下落率を超えて生活扶助基準額が減額されることになるもので、仮に、デフレ調整に関する被控訴人らの主張(物価が4.78%下落したから、生活扶助基準額を4.78%引き下げても、生活保護受給世帯の実質的購買力は維持されることなど)を勘案しても、結果として、それ以上に生活扶助基準額が引き下げられることになるのであって、本件下落率算定の始期である平成20年当時の生活保護受給世帯の実質的購買力が維持されないことは明らかである。」

②「ゆがみ調整及びデフレ調整を一体として同時に行うことについて、基準部会等の専門家に諮問された形跡はなく、被控訴人らにおいて、…本件下落率を超えて生活扶助基準額を減額することについて…説明もない(ゆがみ調整及びデフレ調整に関する個別の説明では足りないものである。)。」

③「したがって、ゆがみ調整とデフレ調整を合わせて行うこととした厚生労働大臣の判断には、…生活保護法3条、8条2項に違反し、違法であると認められる。」

5 国家賠償法上の違法性及び控訴人らの損害(慰謝料)

①まず、本件改定のうち、ゆがみ調整の2分の1処理は、基準部会による約1年9箇月に及ぶ平成25年検証の結果をそのまま反映させないことの妥当性や反映させる程度等について、同部会に問うこともなく、平成25年報告書が出されるより前の段階で、その準備と並行して、2分の1処理を行う方針で試算を行うなどの準備を進めた上、これを国民に対して説明することなく、あたかも専門家によって構成されている基準部会の検討に従ったそのままの結果と受け取られるような発表や説明を行い、ゆがみ調整によって生活扶助基準が引上げられるべき保護受給世帯との関係において是正されるべき不利益の一部をあえて放置したものである。

②また、デフレ調整は、合理的な根拠もなく、生活扶助相当CPIという学術的にも承認され得ない独自の指数により、生活保護受給世帯の消費実態と乖離したウエイトを用いるなどして、生活扶助基準を-4.78%と大きく引き下げたものであるし、さらに、ゆがみ調整と合わせて行うことでより大きな引下げとしたものであるから、本件改定は、生活保護法3条、8条2項に違反するものとして違法であるばかりでなく、これを行った厚生労働大臣には、少なくとも重大な過失があるものと認められ(厚生労働大臣に専門技術的知見があるのであれば、これを適正に行使することによって、…検討は容易に行うことができたといえるし、その一部については、本件改定より前に、即座に研究者からも指摘されていたのである。)、国家賠償法1条1項の適用上も、違法と評価せざるを得ないものである。

③本件改定は、昭和59年以降採用されている水準均衡方式の下で、生活扶助基準引下げの改定が行われたのが、平成15年度及び平成16年度だけで、その引下げの率も-0.9%及び-0.2%と大きなものではなかったのに対し、-4.78%(本件下落率)の引下げを含むもので、過去に例のない、大幅な生活扶助基準の引下げを行ったものである。生活扶助は、困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対し、衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なものとして行われるものであり(生活保護法12条1号)、生活扶助基準の引下げは、生活保護受給世帯の生計の維持に直接的影響を及ぼすものであるから、本件改定による影響は、生活保護受給者にとって非常に重大なものというべきである。

④憲法25条1項にいう「健康で文化的な最低限度の生活」は、抽象的・相対的な概念であり、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、 経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものではあるが、少なくとも本件改定の当時においては、人が3度の食事ができているというだけでは、当面は飢餓や命の危険がなく、生命が維持できているというにすぎず、到底健康で文化的な最低限度の生活であるといえないし、健康であるためには、基本的な栄養バランスのとれるような食事を行うことが可能であることが必要であり、文化的といえるためには、孤立せずに親族間や地域において対人関係を持ったり、当然ながら贅沢は許されないとしても、自分なりに何らかの楽しみとなることを行うことなどが可能であることが必要であったといえる(なお、厚生労働大臣は、生活扶助相当CPIを算出するに当たり総務省CPIウエイトを用いており、10大費目のうち教養娯楽のウエイトは1145で、生活扶助相当CPIのウエイト総和の約18%を占めているから、デフレ調整に係る厚生労働大臣の判断の過程において、生活扶助費のうち2割近くを教養娯楽の費用に充てることができる生活が前提となっていたと考えることもできる。)。

⑤しかし、本件改定前の生活保護受給世帯において、上記のような余裕があったことを認めるに足りる証拠はないし、…社会保障生計調査の調査結果に照らしても、そのような生活実態であったとは認められない。証拠(※原告の陳述書、証言等)によれば、控訴人らは、本件各処分によって、元々余裕のある生活ではなかったところを、生活扶助費の減額分だけ更に余裕のない生活を、本件各処分…を受けて以降、少なくとも9年以上という長期間にわたり強いられてきたものと認められるから、いずれも相当の精神的苦痛を受けたものと推認するに難くなく、このような精神的苦痛は、金銭的、経済的な問題の解消によってその全てが解消される性質のものではなく、事後的に本件各処分が取り消されたとしても、その間の生活が取り戻せるものではないことにも鑑みれば、本件各処分が取り消されることにより慰謝される部分があるとしても、その全てが慰謝されるとは認め難いところである。

⑥そして、生活扶助は、抽象的・相対的なものであるとしても、我が国の主権者である国民の「健康で文化的な最低限度の生活を営む」権利(憲法25条1項)を基礎とする制度であり、本来、被控訴人国は、その「向上及び増進に努めなければならない」ものである(同条2項)。

⑦これに加え、…本件改定が、学術的にも認められるものではない、客観的合理的な根拠のない手法等を積み重ね、あえて生活扶助基準の減額率を大きくしているもので、違法性が大きいことなどの事情を総合的に勘案すると、いずれの控訴人らについても、本件各処分の取消しによってもなお残ると認められる精神的苦痛を慰謝すべき金額は、それぞれの請求額である1万円を下回るものではないというべきである。

⑧したがって、被控訴人国は、控訴人…に対し、それぞれ、1万円及びこれに対する平成25年8月1日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負…うと認められる。

以上

埼玉中央法律事務所、第74期の竹内佑馬

1 自己紹介

埼玉中央法律事務所、第74期の竹内佑馬と申します。

2025年2月に第二東京弁護士会から埼玉弁護士会に登録換え入会いたしました。

出身は滋賀県栗東市で、中学校までは地元の中学校に進んだのち、彦根市内の彦根東高校に進学しました。その後立命館大学法学部に進学し、環境を変えたかったこともあって、同志社大学法科大学院に進みました。

修習は、色々とご縁があり、また一度は関東に行きたいなとも思い、さいたまを選択しました。都心にも適度に近く、住みやすいところだなと思いました(ちなみに今もさいたまに住んでいます。)。ただ欲を言えば、コロナ禍ということでイベントもほとんどなかったので、もう少し他の修習生や弁護士の先生方とも交流を深めたかったなとも思っています。

弁護士登録後2年半ほど、東京の事務所で勤務した後、埼玉中央法律事務所に移籍することになりました。

2 弁護士を志望した理由

私が弁護を志したのは、自身が子供の頃に、親族が交通事故に遭った際、親族が弁護士の先生にとてもお世話になったことがきっかけでした。このときから弁護士という職業に強く憧れを抱くようになりました。大学進学後も、ゼミや授業の中で、弁護士がマイノリティーや社会的に弱い立場にある方々の力になることができることを学び、社会をより良い方向に進める力をも持つ弁護士という職業により魅力を感じました。

私自身、人の話を聞くことが好きであり、その点で弁護士に向いているのではないかと思っております。今後も、そうした自身の長所をしっかりと伸ばしつつ、経験を積み、学修を深め、相談をしてくれた方に寄り添いつつ、求める内容をしっかりと聞き取り実現できる、そんな弁護士を目指していきたいと思っております。

3 自由法曹団と私の今後について

自由法曹団は、前事務所への入所と同時に東京支部に入団し、事務所移籍後は埼玉支部に入団(移籍)することになりました。諸先輩方との関わりを持てる素晴らしい環境だと思いますので、活動に参加し、自身もより成長していくとともに、自身の力を団にも活かしていけるように頑張っていきたいと思います。
今後とも、ご指導ご鞭撻のほどお願いします。

自由法曹団埼玉支部通信 第38号

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Contents

 

生活保護基準引下げ違憲訴訟~勝訴判決のご報告~ :鴨田  譲

最高裁判決を克服する─原発公害国賠訴訟 最高裁闘争(第2R)の課題と展望:弁護士法人けやき総合法律事務所 南雲 芳

埼玉アスベスト弁護団報告:竹内 和正

「学童」と「民営化」─春日部市放課後児童クラブ弁護団(住民訴訟)のご報告:石川 智士

非正規滞在外国人と医療:樋川 雅一

外国人の権利問題に対する取り組み ~難民認定申請者の子どもたちの在留資格取得のための取り組み~:鈴木 満

マスダック・啓和の偽装請負解雇事件について:小内 克浩

ハッチーニ丸八偽装請負事件:谷川 生子

ただいま東京高裁抗告中(自衛官冤罪国賠事件):伊須慎一郎

桜井和人弁護士のこと─日本国憲法に魅せられて:鈴木 幸子

全国一斉「いのちと暮らしを守る なんでも相談会」 ─足掛け3年の電話相談会と今後の取組について─ :猪股  正