弁護士 鴨田譲(埼玉総合法律事務所)
第1 はじめに
本原稿執筆時点(3月18日)で複数の高裁判決が予定されており、また、弁論期日等について最高裁との調整中であり、本原稿発表時には情勢が変化していることを予めお断りしておく。
第2 全国の状況
1 地方裁判所
19勝11敗(残るは前橋地裁のみ)
2 高等裁判所
4勝4敗
勝訴は名古屋、福岡、大阪、札幌、敗訴は大阪、仙台秋田支部、大阪、福岡。
まだ東京高裁判決はなく、3月27日の東京訴訟、翌日28日のさいたま訴訟で2日続けて東京高裁判決が予定されている。
3 最高裁
4件が最高裁に係属しており、最も進行の早い大阪訴訟(高裁は敗訴)、名古屋訴訟(高裁は勝訴)の2件について、第三小法廷(裁判長は宇賀裁判官)で5~6月ころ弁論が実施されると考えられている。
第3 生活扶助基準引下げの経緯
1 自民党・世耕弘成氏の2012年4月10日のブログ記事
○「去る3月1日、私は自民党の生活保護に関するプロジェクトチーム(PT)の座長に任命された。」
○「生活保護費の膨張は目に余る。国民の不公平感が限界に達している。いまこそ自民党が保守政党として自助自立の精神で勇気を持って生活保護費の削減に取り組むべきだ」と発言した
○「まず、給付水準を10%程度は引き下げたい。この10年で一般勤労者の年収はデフレの影響もあって15%程度下がっている。しかし生活保護給付水準は0.7%しか引き下げられていない。また生活保護に頼らず頑張った場合に受け取れる最低賃金と比較しても生活保護の方が高くなっている。」
2 2012年自民党マニフェスト(当時の総裁は安倍晋三氏)
○生活保護費 給付水準の原則1割カット
○医療費扶助の適正化
○不正受給者には厳格に対処する
3 以上の経緯で、2012年に政権与党に返り咲いた自民党がマニフェストに基づき生活扶助基準引下げを行った。
第4 生活扶助基準引下げの実施と各地での訴訟提起
国は、2013年8月から3回に分けて、生活扶助基準(生活保護基準のうち生活費部分)を平均6.5%、最大10%(年間削減額670億円)引き下げた。いわゆる「物価偽装」までして強行した大幅引き下げに対しては、全国29都道府県で1000人を超える人が原告となり裁判をおこしている。
第5 埼玉訴訟
2014年8月にさいたま地裁に提訴をした生活保護基準引下げ違憲訴訟(埼玉訴訟)であるが(原告は35名)、約8年半の審理を経て、2023年3月29日、原告側勝訴の判決が言い渡された。「ゆがみ調整」の論点では原告の主張が認められたものの、一番問題の大きい「デフレ調整」の論点では原告の主張が否定されたため、原告側も控訴した(判決の詳しい内容は2023年の団支部報告のとおり。)。
東京高裁では、弁論を開かずに進行協議期日を重ねて、2025年1月9日に第一回口頭弁論を行い結審となった。判決日は3月28日となった。なお、その前日の27日に東京訴訟の東京高裁判決が予定されており、東京高裁での1件目と2件目の判決が連日言い渡される予定である。
第6 2023年11月30日名古屋高裁判決
1 現時点で地裁・高裁併せて原告側にとって22件の勝訴判決が出されているが、国家賠償請求(慰謝料請求)まで認めたのは未だに名古屋高裁判決の1件のみである。同判決は、以下の点で極めて画期的な判決であった。
① 高裁で最初の勝訴判決という点
② 減額処分の取り消しだけでなく、原告の精神的苦痛及び厚労大臣の重過失を認定し、1人1万円の慰謝料を認めた点(これまでの勝訴判決15件は全て処分取消のみの認容であり慰謝料は認めていない。なお、慰謝料請求はしていない訴訟もある。)
③ 国側の主張を完膚なきまでに糾弾した点(結論を導く上では不要とも思われる記載が多く、その記載のほとんどが国の本件手続に対する糾弾である)
④ 憲法25条1項の「健康で文化的な最低限度の生活」の現代的意義を正面から論じ、絶対的貧困ではなく相対的貧困の考え方を明示した点(後記5④)
2 判断枠組み
名古屋地裁判決(一審判決)は、老齢加算訴訟最高裁判決の「統計等の客観的数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性」の有無という判断基準を採用せず、ほぼ無限定といってもよい、極めて広範な裁量を厚生労働大臣に認めた。
⇒名古屋高裁判決(本判決)は、老齢加算判決の上記基準を採用し、厚労大臣の裁量を限定した。
3 ゆがみ調整(2分の1処理)の違法性
①「「2分の1処理を、被控訴人らが 現在主張しているような激変緩和措置として行うこととするという判断をしていたものであるかについては、非常に疑わしいものといわなければならず」
②「そもそも、2分の1処理があること自体、厚生労働省内で検討されていただけで、一般国民には、本件改定があっても明らかにされていない(…基準部会の委員らに対してさえ知らされていない)のであるから、…このような説明は、前提を欠くもので、極めて不誠実なものといわざるを得ない。」
③「2分の1処理がされることによって、これを行わない場合と比べ、財政効果がどのように変わるのかということも非常に重要であり、この点においても、具体的根拠をもって国民に対して説明されるべき事柄である(なお、西尾証人は、2分の1処理がなかった場合の財政効果はその2倍程度である旨証言し、…上記証言自体、抽象的、感覚的なもので、到底十分なものとはいえず、…実際にどのようなものであるかを、被控訴人らにおいて具体的に説明すべきである。)。」
④「ゆがみ調整について、その間に2分の1処理が挟まれていることが、ブラックボックスにされ、①不透明で、②一般国民に知らされず、③専門家も検証できなくされていたのである(なお、被控訴人らは、後に検討するデフレ調整において物価を指標とすることについて、「国民に対する説明」ないし「説明の分かりやすさ」を主張しているが、ここでは、国民に対して説明されず、「分からないように」されていたのである。)。」
⑤被控訴人国は、本件について判断過程審査が行われるべきである旨主 張しながら、判断過程の極めて重要な部分を秘していたものであり、…重要な事実を明らかにしないことがあるということを示すものであって、このような訴訟態度も、口頭弁論の全趣旨(民事訴訟法247条)としてしん酌されるべきである。」
⑥「そのまま反映させる場合に比べて生活保護受給世帯間の不公平を残 存させる結果となるから、むしろ公平とはいえないし、ゆがみ調整の本質的な部分を半減させてしまうものであるから、上記目的(趣旨)にも反するというべきであって、被控訴人らの上記主張は、いずれも明らかに不合理な説明である(一般的、抽象的には良い響きが感じられる「公平」という言葉を使うなどして、実際には「不公平」を残存させていることを取り繕っているものともいえる。)。」
⑦「被控訴人国が、指摘を受けるまで、2分の1処理がされていることさえ明らかにしてこなかったことは、…一般国民や専門家からの批判等を避けようとしたためであった可能性も十分に考えられるのである(厚生労働省内では、平成25年報告書が出されるより前に…2分の1処理を含めて生活扶助基準額を検討した書類を作成していたのであるから、…2分の1処理を含む本件改定の内容を説明することは極めて容易であったのに、これをあえて行わなかったものといえる。)。」
⑧「被控訴人らは、…平成25年検証の結果には統計上の限界があったなどと」いう。「しかし、デフレ調整については、…統計上の問題が山積しているにもかかわらず、-4.78%という本件下落率をそのまま適用しているのであるから、「統計上の限界」を自らの都合がよいように使い分けているものであるし、独自に行ったデフレ調整よりも専門家らによって構成される基準部会が行った平成25年検証の結果が劣っており、こちらのみを2分の1の範囲で反映させることに合理性があると認めるに足りる証拠はない」
⑨「以上によれば、2分の1処理を行ったゆがみ調整は、生活保護法3条、8条2項に違反するもので、違法であると認められる。」
4 ゆがみ調整とデフレ調整を合わせて行うことの違法性
①「生活扶助費が約90億円削減されるゆがみ調整が行われれば、ゆがみ調整による減額が加わり、結果として、本件下落率を超えて生活扶助基準額が減額されることになるもので、仮に、デフレ調整に関する被控訴人らの主張(物価が4.78%下落したから、生活扶助基準額を4.78%引き下げても、生活保護受給世帯の実質的購買力は維持されることなど)を勘案しても、結果として、それ以上に生活扶助基準額が引き下げられることになるのであって、本件下落率算定の始期である平成20年当時の生活保護受給世帯の実質的購買力が維持されないことは明らかである。」
②「ゆがみ調整及びデフレ調整を一体として同時に行うことについて、基準部会等の専門家に諮問された形跡はなく、被控訴人らにおいて、…本件下落率を超えて生活扶助基準額を減額することについて…説明もない(ゆがみ調整及びデフレ調整に関する個別の説明では足りないものである。)。」
③「したがって、ゆがみ調整とデフレ調整を合わせて行うこととした厚生労働大臣の判断には、…生活保護法3条、8条2項に違反し、違法であると認められる。」
5 国家賠償法上の違法性及び控訴人らの損害(慰謝料)
①まず、本件改定のうち、ゆがみ調整の2分の1処理は、基準部会による約1年9箇月に及ぶ平成25年検証の結果をそのまま反映させないことの妥当性や反映させる程度等について、同部会に問うこともなく、平成25年報告書が出されるより前の段階で、その準備と並行して、2分の1処理を行う方針で試算を行うなどの準備を進めた上、これを国民に対して説明することなく、あたかも専門家によって構成されている基準部会の検討に従ったそのままの結果と受け取られるような発表や説明を行い、ゆがみ調整によって生活扶助基準が引上げられるべき保護受給世帯との関係において是正されるべき不利益の一部をあえて放置したものである。
②また、デフレ調整は、合理的な根拠もなく、生活扶助相当CPIという学術的にも承認され得ない独自の指数により、生活保護受給世帯の消費実態と乖離したウエイトを用いるなどして、生活扶助基準を-4.78%と大きく引き下げたものであるし、さらに、ゆがみ調整と合わせて行うことでより大きな引下げとしたものであるから、本件改定は、生活保護法3条、8条2項に違反するものとして違法であるばかりでなく、これを行った厚生労働大臣には、少なくとも重大な過失があるものと認められ(厚生労働大臣に専門技術的知見があるのであれば、これを適正に行使することによって、…検討は容易に行うことができたといえるし、その一部については、本件改定より前に、即座に研究者からも指摘されていたのである。)、国家賠償法1条1項の適用上も、違法と評価せざるを得ないものである。
③本件改定は、昭和59年以降採用されている水準均衡方式の下で、生活扶助基準引下げの改定が行われたのが、平成15年度及び平成16年度だけで、その引下げの率も-0.9%及び-0.2%と大きなものではなかったのに対し、-4.78%(本件下落率)の引下げを含むもので、過去に例のない、大幅な生活扶助基準の引下げを行ったものである。生活扶助は、困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対し、衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なものとして行われるものであり(生活保護法12条1号)、生活扶助基準の引下げは、生活保護受給世帯の生計の維持に直接的影響を及ぼすものであるから、本件改定による影響は、生活保護受給者にとって非常に重大なものというべきである。
④憲法25条1項にいう「健康で文化的な最低限度の生活」は、抽象的・相対的な概念であり、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、 経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものではあるが、少なくとも本件改定の当時においては、人が3度の食事ができているというだけでは、当面は飢餓や命の危険がなく、生命が維持できているというにすぎず、到底健康で文化的な最低限度の生活であるといえないし、健康であるためには、基本的な栄養バランスのとれるような食事を行うことが可能であることが必要であり、文化的といえるためには、孤立せずに親族間や地域において対人関係を持ったり、当然ながら贅沢は許されないとしても、自分なりに何らかの楽しみとなることを行うことなどが可能であることが必要であったといえる(なお、厚生労働大臣は、生活扶助相当CPIを算出するに当たり総務省CPIウエイトを用いており、10大費目のうち教養娯楽のウエイトは1145で、生活扶助相当CPIのウエイト総和の約18%を占めているから、デフレ調整に係る厚生労働大臣の判断の過程において、生活扶助費のうち2割近くを教養娯楽の費用に充てることができる生活が前提となっていたと考えることもできる。)。
⑤しかし、本件改定前の生活保護受給世帯において、上記のような余裕があったことを認めるに足りる証拠はないし、…社会保障生計調査の調査結果に照らしても、そのような生活実態であったとは認められない。証拠(※原告の陳述書、証言等)によれば、控訴人らは、本件各処分によって、元々余裕のある生活ではなかったところを、生活扶助費の減額分だけ更に余裕のない生活を、本件各処分…を受けて以降、少なくとも9年以上という長期間にわたり強いられてきたものと認められるから、いずれも相当の精神的苦痛を受けたものと推認するに難くなく、このような精神的苦痛は、金銭的、経済的な問題の解消によってその全てが解消される性質のものではなく、事後的に本件各処分が取り消されたとしても、その間の生活が取り戻せるものではないことにも鑑みれば、本件各処分が取り消されることにより慰謝される部分があるとしても、その全てが慰謝されるとは認め難いところである。
⑥そして、生活扶助は、抽象的・相対的なものであるとしても、我が国の主権者である国民の「健康で文化的な最低限度の生活を営む」権利(憲法25条1項)を基礎とする制度であり、本来、被控訴人国は、その「向上及び増進に努めなければならない」ものである(同条2項)。
⑦これに加え、…本件改定が、学術的にも認められるものではない、客観的合理的な根拠のない手法等を積み重ね、あえて生活扶助基準の減額率を大きくしているもので、違法性が大きいことなどの事情を総合的に勘案すると、いずれの控訴人らについても、本件各処分の取消しによってもなお残ると認められる精神的苦痛を慰謝すべき金額は、それぞれの請求額である1万円を下回るものではないというべきである。
⑧したがって、被控訴人国は、控訴人…に対し、それぞれ、1万円及びこれに対する平成25年8月1日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負…うと認められる。
以上