自由法曹団 埼玉支部

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学童保育の意義と民営化に伴う弊害

学童保育の意義と民営化に伴う弊害

埼玉東部法律事務所 弁護士 古谷 直樹

1 はじめに

埼玉県春日部市では、令和元年度から放課後児童クラブ(学童保育)の運営が指定管理者の公募を経て、株式会社トライに委託されました。公募時の募集要項には、詳細な仕様書と協定書案が添付され、指定管理者選定後には春日部市と㈱トライとの間で、基本協定書が締結されました。

ところが、㈱トライは、協定で定められた常勤支援員(週38時間45分以上の勤務をする支援員、言い換えれば1日あたり7時間45分勤務する支援員)を確保せず、大幅な欠員を生じさせました。常勤支援員の数が足りないことで、現場の支援員からは余裕が失われ始め、従来の保育の質を保ち続けることに限界が近づきつつありました。

また、情報公開請求等を用いて調査を進めるにつれ、春日部市と㈱トライの間で、本来協定で定められたはずの常勤支援員複数配置の基準がなし崩し的に切り下げられ、春日部市が㈱トライの債務不履行を追認している実態が明らかになりました。

事態を危惧した父母会はじめ市民有志は、春日部市の㈱トライに対する指導監督の怠慢を是正させ、学童保育の質を確保するため、春日部市に対し、不足する常勤支援員の人件費に相当する金員を㈱トライが春日部市に返還するよう求める住民訴訟を、令和3年6月に提起しました。

弁護団には、埼玉東部、埼玉中央等の各事務所から10人弱が参加し、令和6年5月のさいたま地裁判決をへて、現在東京高裁にて控訴審の審理を進めている状況です。

本稿では、本訴訟で求めた学童保育のあるべき姿、公共サービスの民営化がはらむ問題点、地裁判決の報告に焦点を絞り報告させていただきます。

 

2 学童保育の成り立ち

そもそも、放課後児童クラブとは、両親が共働きに出ているなど、帰宅しても監護する大人がいない児童に対して、放課後に遊びや生活の場を与え、児童の健全な育成を図る事業のことであり、一般的に「学童」とも称されます。

父母を中心とした国に対する制度要求を受けて、平成9年(1997年)児童福祉法が改正され、平成10年(1998年)4月に、「放課後児童健全育成事業」として児童福祉法の適用される事業として制度化されました。

春日部市では、昭和42(1967年)年に地域の父母会が結成され、父母が互いに協力し、共同保育を行ったことが始まりです。当時は、行政の支援はなく、父母会自ら物件を賃借し、雇用した支援員と、保育の内容や行事の企画等について熱心に話し合うことが当たり前でした。春日部市では伝統的に、学童保育を児童が成長していく場と位置づけ、父母会と支援員とが一体感を持ち、公営化後も質の高い保育の場を作り上げてきたのです。

 

3 学童保育支援員の役割

学童保育は学校と異なり、様々な年齢の児童が共同生活をする場です。そのため、児童の体格や成長発達も様々であり、そのもとで40人、場合によっては70人を超える児童に対応するのが支援員の職務になります。当然それには、複数人の支援員が必要です。

また、児童が実際に登室するのは午後の放課後からですが、それ以外の時間帯にも環境整備業務、事務作業、打合せ、日誌の作成、父母対応、会議などの多様な業務があります。打合せは毎日行われ、児童の状態を確認してどのような生活をさせてあげるのか「日案」を作成し、役割を決めます。この打合せで病気、怪我、前日のけんか、アレルギーなど様々な情報を共有し、日誌作成を共同で行うことで、児童一人ひとりの保育課題を把握します。このように、学童保育は、児童が登室している時間の児童対応だけで到底成り立つものではありません。むしろ、適切な保育サービスを提供するためには、児童が登室していない時間帯の各種の業務が重要な役割を担っており、その遂行には常勤支援員の存在が不可欠になります。

しかしながら、春日部市及び㈱トライは、子どもたちが登室している時間帯だけ勤務する短時間勤務の支援員を確保すれば足りるという考え方に基づき、これまで春日部市において築いてきた保育の質をなし崩し的に低下させてきました。常勤支援員の役割を軽視した短時間勤務の支援員による継ぎ接ぎのような保育では、学童保育に本来求められる質を維持できないことは明らかなのです。

 

4 公共サービスの民営化に伴う弊害

近年、指定管理者制度、業務委託などの手法を使用した公共サービスの民営化が全国各地で急速に進められていますが、それに伴い、安全性の後退、サービスの質低下、法令違反など様々な問題が多発しています。

学童保育についても民営化が全国的に進行しており、全国で3万5337ある学童保育の支援の単位のうち、2万5179単位(71.3%)は運営主体が民間企業等非公営団体となり、その大半で指定管理者制度が活用されているとみられます。

指定管理者制度では、地方公共団体は任務実施の最終的な責任を留保しながら、その具体的な実施の部分を民間主体に委託することができ、民間のノウハウ等の活用が期待されています。他方で、地方公共団体に対して、委託したことにより専門性・継続性が失われ、公共サービスの質が低下しないよう、公正透明な選定の基準・手続の設定と厳格な審査、適切な管理運営のための細目に関する協定締結、適時適正な住民への情報公開、客観的で公正なモニタリングや評価等民主的なコントロールが常に求められます。

本件において、春日部市が指定管理者選定にあたり、募集要項や仕様書で支援の単位ごとに常勤支援員を2名配置すると定め、募集時のQ&Aで常勤の定義を「週38時間45分以上の人」と募集要項及び仕様書を補足する形で市の見解を示したのは、まさに専門性を有する正規職員が、民間の非正規職員に置き換えられ、質が低下する事態を防止するためのものです。そのため、㈱トライが、常勤支援員を複数確保する義務は、公共サービス民営化に伴う弊害を防止し、指定管理者による適正な事業遂行を確保する観点から遵守されなければならない重要な債務内容でありました。

ところが、春日部市と㈱トライの対応はあまりにも無責任なものであり、学童保育の民営化を行ったことにより、公共サービスの民営化に内在する弊害が典型的に生じた事例ともいえます。

 

5 地裁判決

令和6年5月にさいたま地方裁判所にて、判決が言い渡され、結果は請求棄却でした。

主要な争点は、①㈱トライに、週38時間45分勤務する常勤支援員確保義務があったこと、②㈱トライが週38時間45分以上勤務の常勤支援員を必要数確保できなければ、債務不履行となることでした。

裁判所は、常勤支援員とは「週38時間45分以上の勤務をする支援員を意味するものと解するのが相当である」「募集要項の明示的な記載に基づく債務を負担するというべきである」と判示し、①の争点は弁護団の主張が認められました。

しかしながら、②の争点については㈱トライの債務不履行を認定せず、春日部市の対応の違法性・不当性を認めませんでした。判決の原因には、第1に数々の事実誤認、第2に法律論の誤り、第3に学童事業の質・位置づけに関する誤認、第4に全国的に公共サービスの民営化が拡がっていることにより発生している弊害への無理解があると考えています。

 

6 控訴審

控訴審においては、地裁判決の問題点の追及の他、常勤支援員確保義務が切り下げられていった経過をさらに追及すべく、新たに開示させた春日部市・㈱トライ間の実務者会議の記録など当時の資料を丹念に調べ上げているところです。

また、学童保育に常勤支援員の複数配置が必要不可欠であることを学術的に補強するため、日本学童保育学会前代表理事増山均教授ら日本の学童保育研究者に協力を仰ぎ、意見書を作成いただいて証拠提出するなど研究者との共同にも再度力を入れているところです。

地裁判決を覆すべく、弁護団の総力を結集して臨みたいと思います。

以上

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